この度KATSUYA SUSUKI GALLERYでは2月21日(土)より、黒坂祐による弊廊では2年ぶり3度目となります個展「眩しさ」を開催いたします。
今回の個展「眩しさ」は、黒坂祐が近年取り組んできた野外での観察とスケッチを基盤とした、絵画における「光の経験」を主題化する展覧会です。
黒坂の関心は、対象の形態や固有色を再現することではなく、光が物体や空間に作用することで生じる視覚的な揺らぎに向けられています。晴れた日の木々や山々に現れる「眩しさ」は、単一の色として把握できるものではなく、複数の反射や混色、距離感の変化が重なり合うことで成立しています。それらは固定された像として捉えられる以前の状態であり、見るという行為の只中でのみ感知されます。
黒坂は、この一過性の視覚体験を、観察と描写の反復によって絵画へと変換していきます。そこでは主観的感情や象徴的意味づけは極力排され、視線と手の運動による直接的な応答が重視されます。
画面に現れる色彩や筆致は、対象を説明するための要素ではなく、光と空間がどのように知覚されたかを示す痕跡です。黒坂の絵画は、風景を描きながらも、風景そのものより「見るという経験の成立条件」を可視化していると言えるでしょう。
今回の展示は絵画を再現の媒体としてではなく、知覚を検証する場として捉え直す試みです。鑑賞者にとっては作品を通して、日常的には意識されることの少ない「見えてしまうこと」「見えすぎてしまうこと」と向き合うことになるかもしれない、黒坂祐による今回の個展。この機会にどうぞご高覧下さい。
[ステートメント]
2025年の夏頃から野外でのスケッチを始めた。
「色弱」の私にとって、スケッチには苦い記憶がある。
私が通っていた学校で行われるスケッチの授業は少人数の班に分かれ、近所の風景を描くというものだった。
つまり数人とは同じような風景を描くことになるため、色が「違って」いるとかなり目立ってしまう。
小学生の私は友達の描いている様子を横目で見ながら恐る恐る色を選んでいた。
全く楽しくなかったことをはっきりと覚えている。
このときのつらさは、人といっしょに描くことによって色覚の「違い」があらわになってしまうことだった。
野外スケッチに限らず「ものを見て描く」という範囲に広げれば、美術予備校以来になる。
デザイン科を志していた時期は渡されたモチーフを「そのままの色(あるいはより美しく)」描くように求められた。
このときのつらさも小学生の頃のスケッチの授業と同じで、人と比べられることによって色覚の「違い」が出てしまうことだった。
さらに受験というシステム上、明確に優劣がついてしまうことで、私は「劣っている」のだとコンプレックスを強めることになった。
これらのトラウマによってスケッチのような「ものを見て描く」ことは私の中で封印されてしまったが、前述したつらさの原因をつきとめたことや環境が変わったことによって再びやってみようという気になった。
以前にも具体的なモチーフを描いたことがあったが、その時は記憶であったり、想像した色をモチーフに与えていた。
この時の問題点は、自分自身が「葉っぱは緑」「海は青」などの先入観にとらわれてしまうこと、色を使うことへの防御本能みたいなものによって淡白な色づかいになってしまうことで、自分の色覚という身体性が現れづらいという問題があった。
これでは私が「色弱」として絵を描いている意味がないと感じ、この問題が解決するまでは具体的なモチーフを描くことを一旦中止せざるを得なかった。
しかし「ものを見て描く」ことは、記憶、想像、感情のような自分の主観を挟むことなく、眼で観察したものを手で再現することに終始するため、先入観やコンプレックスの入り込む余地がない。
メルロ=ポンティは「眼と精神」でセザンヌの制作態度について「セザンヌは先入主なしに自然を観察する態度を身につける。自然を主観や感情の表出のための口実とするのではなく、事物をあるがままに承認し、それを光や空気を感じさせる色彩に置きかえてゆく・・・」と述べているが、この「先入主なしに自然を観察する態度」こそが「色弱」が「ものを見て描く」際に必要な態度だ。
脳を介さずに眼と手を直接繋げているような感覚である。
「ものを見て描く」という方法を手にしても「なにを描くか」という問題が残る。
どうすれば「自分の眼で見た」ということを強く自分自身が感じられるのか、訴えられるのかを考えると、やはり「自分が発見した」ものでなければならなかった。
「発見」といっても新しいものを見つけるわけではなく、自分が「見出した」ともいうべきものであり、その「見出し」とは直感による「感動」である。
私が「発見」したものは晴れた日の木や山などに宿る「眩しさ」だった。
この「眩しさ」の正体は様々な質感を持ったものたちが太陽の光(色)を反射し、混じり合った空間だ。
「眩しさ」はものの固有色とは逆で、その場にしか存在しない。
自分の眼で感じることしかできないものなのだ。
自分の経験した光を先入主なしに観察し、描き出すことこそが、「自由」に絵を描けなかったあの頃の私を救う術となるはずだ。
黒坂 祐
黒坂 祐 | KUROSAKA Yu
「眩 し さ」
会期:2026年2月21日(土)〜3月8日(日)
休廊:月曜日・火曜日
※2/23 (月・祝)はオープン
営業時間:12:00〜19:00
〒152-0022 東京都目黒区柿の木坂1−32−17
TEL 03-5726-9985
info@katsuya-susuki-gallery.com
https://katsuya-susuki-gallery.com
東急東横線「都立大学駅」より徒歩5分
[プロフィール]
黒坂 祐 | KUROSAKA Yu
1991年千葉県に生まれる。
2019年東京藝術大学美術研究科油画専攻修了。
主な個展に「project N 87」東京オペラシティアートギャラリー、「ポリフォニックな眺め」KATSUYASUSUKI GALLERY
主なグループ展に「VOCA展 2025」上野の森美術館 、「混沌熟視」CSSビルディングなどがある。
2019年シェル美術賞グランプリ受賞。